「え?今夜?」

「そう。家族で食事とか・・・そういう用事はないかなと思ってさ」

「特に用事はないよ。・・・どうしたの?」

と一緒に見たいものがあってね」

「・・・?」




休憩時間、廊下に呼び出されたかと思ったら幸村から何かのお誘い。

私と一緒に見たい???夜?・・・・・・星空とか?
今夜はなんとか流星群がくるとかニュースで言ってたのかしら?

「わたしと一緒に見たいものって何?」って聞き返したら「ウチに来るまでの秘密だよ」と幸村は 教えてくれなかった。「じゃあ今夜20時頃、の家に迎えに行くから」と言い残し彼は 教室へ戻っていった。


(一緒にみたいものってなんだろう?)








その日の夜夕飯を食べ終えて1人そわそわ幸村を待った。
お母さんに「お風呂に入りなさい」と言われたけど「幸村が 見せたいものがあるから迎えに来てくれるから」と断った。 1人で時計を1分おきに見ながらソファに座って待っていると家のチャイムが鳴る。幸村だ。 「じゃあいってきます」と告げ嬉しそうに玄関に向かうとお母さんが呆れた感じで「気を付けるのよ」と見送ってくれた。 迎えに来てくれた幸村はお母さんに軽く会釈して「早く帰すので安心してください」と言ってくれた。



夜の道を2人で歩くのはなんだか新鮮な気分。
お互いまだ制服のままだったし、変な感じだった。いつも昼間にしか見ないからかな。
外灯が私たちを照らすライトのようだったし、誰もいない道が私たちのランウェイみたいだった。





「ねえ幸村、いい加減教えてくれてもいいでしょ?今から何するの?」

「フフ。実はね、今夜大事に育てていた月下美人が咲きそうなんだよ」

「・・・月下美人???」

「そう。お花だよ」



お花????月下美人って名前の?へええーー・・・そんなお花があるんだ!



「月下美人!オシャレな名前だね」

「1年に2〜3回、夜にしか咲かない花なんだ」

「・・・え!?一晩しか咲かないの!?」

「そう。夜に咲くんだ。その夜だけね」



へえー!世の中にはいろんな花があるんだなぁー!



「U-17の合宿のとき、同室の不二に教えてもらった花でね」

「不二くんに?」

「うん。月下美人はサボテン科の花だから。話聞いて早速育ててみたんだ。
つぼみが大きくなり始めたから不二に写真を送ったら今夜じゃないか?って言われてね」

「そっか、それで誘ってくれたんだね!」

と一緒に見たかったんだ。俺も初めてだし楽しみだよ」





幸村の家に着き、お庭にお邪魔するとテラステーブルの上に植木鉢が置いてあった。
そこには確かに大きなつぼみを一輪だけつけた花があった。今にも咲きそうな雰囲気。
ちょうど今夜は月が綺麗な夜で、月下美人も美しく照らされていた。

私と幸村はテラスチェアに座り、テーブルの上の月下美人を見つめた。



「・・・うん、もう開きかけてるね」

「なんかワクワクするね」



一晩しか咲かない花・・・か。一体どんな花を咲かせるんだろう?
名前のとおりきっと美しいお花なんだろうな。

月下美人を見守る事数十分間。
月下美人はいよいよ花びらを広げ始めた。ゆっくりだけどちゃんと咲き始めている。
私と幸村はその様子をまるで我が子に出会うかのような優しい気持ちで見守った。


そしてついに。




「・・・・!これ完全に開いたよね?」

「・・・うん。綺麗だ」




ここに来た時には下を向いていた花が、月の方向を見上げるように上を向き咲いている。
一輪しかないもののその存在感は十分だった。
白い花びらが月明かりに反射して、夜なのに存在感がある。
花びらひとつひとつが繊細で、「月下美人」の名に恥じない美しい花だった。
花が咲くと強いお花のいい香りが鼻をかすめる。
幸村のほうをちらっと見ると花の神々しい雰囲気と香りを楽しんでいるみたいだった。

携帯で月下美人の検索をして花言葉を知り2人で月下美人の事を知った。
「花言葉は儚い美、儚い恋、あでやかな美人」。
「ぜーんぜん私にはあてはまらないね!」と笑ってしまった。



「きれいだね」

「うん・・・。ここまで育てた甲斐があったよ」




2人でお花が咲くのを見届けた。
あの美しい花のことは一生忘れないと思う。
・・・・その花を見つめる幸村の横顔の美しいことも。




「きれいだったね、お花。来てよかった!」

と見れて俺も嬉しいよ。来てくれてありがとう」



私の家に送り届けると言ってくれたので私たちはまた夜の道を歩き始めた。
なんだか夜のひんやりとした空気が肌寒かったから手も、繋いで。




「あんなに綺麗な花なのに一晩だけしか咲かないのは勿体ないね」

「その儚さも美しいとさえ感じるよね」



幸村はそういうと立ち止まった。だから私も立ち止まった。





「ん?」


「キミは月下美人のようにいなくならないでね」




そういうと幸村は突然私の事を抱き寄せた。
幸村は繊細な心の持ち主だし芸術肌だからあの儚い花の生き様に何か感じるものがあったんだろう。 月下美人が咲く前の幸村のテンションとは随分違うなと思っていたけど、 儚さを目の当たりにしてしんみりしちゃったのかな。

どちらかというと月下美人みたいなのは幸村なんだけどなぁ。
私は昔から体は丈夫だし学校だって皆勤賞!それに幸村の前からいなくなるなんて ありえない。




「いなくならないよ、幸村が好きだから」

「ありがとう。俺も好きだよ」





私も幸村にぎゅっと抱き着いた。

儚くなんかない、花言葉のあでやかな美人、もあてはまらない。
だけどこうして幸村を見上げて少しだけ背伸びしてキスに応じる姿は



まるで月下美人が月光の下、月を見上げて咲き誇る姿ととてもよく似ていた。






月下美人の花言葉:儚い美、儚い恋、あでやかな美人、秘めた情熱、強い意志(18.10.15)