もう駆け引きとか、心がもやもやするとか、何かを失う気持ちはいらない。


だから冗談はやめにしてほしいの











「どうさん、考えは変わった?」



後ろを振り返るとにっこりと笑う彼がいた。
名前は幸村精市。

季節柄たくさんのバラの花で埋め尽くされているこの庭でまた出会ってしまった。



「変わるって、冗談でしょ」

「そう?人の気持ちなんてがらっと変わっちゃうからね」



私は約1ヶ月前に立海に転校してきた。
そして転校してすぐぐらいの時に、この人と裏庭で出会ったのが運のつき。
何を思ったか「俺と浮気しない?」って言ってきたんだ。

私は転校する前の学校に彼氏がいる。
彼氏とはいろいろあったけれど、やっぱり思いあってるのが分かったから
離れてもそのままでいようと、いわゆる遠距離恋愛をスタートさせる事を決めたんだ。


それを知ってた幸村くんは、最初に出会ったときから「俺と浮気しない?」っておちょくってくる。


実は今付き合っている遠距離の彼氏は過去に浮気したことがある。
それは私のせいでもあるし、話し合った結果お互い様ということで解決したけど・・・

この人どこまで知ってるんだろう・・・

それを知った上での浮気発言?




さんの彼氏も気持ちががらっと変わってキミと付き合うことになったから、ありえない話ではないよ」

「どういう事?」

「友達から恋人に。この境界線を越えたとき、気持ちが変わったっていうんだと俺は思ってる」

「・・・・・なるほど」

「でも一番わかりやすいのはそうだね・・・やっぱ」

「・・・?」

「浮気されたとき、心変わり――――――って言ったりするよね」

「!」



幸村くんが不敵な笑みを浮かべて私にそういった。
その言葉に動揺してしまった。



「浮気された事ある?」

「・・・・・・・・想像にお任せする」

「そういう時は大抵あるんだよね。今の彼氏かな」

「だったら何」

「仕返ししてやろうとか思ったことない?」




この人はバラのとげのようにチクチク私に刺さる言葉を選んでくる。




「・・・・・まさか。仕返しするくらいなら別れるよ」

「浮気って不思議なものでね。一度あると二度目もあるんだよね」

「そんな事言って別れさせる方向に進めてるでしょ」

「フフッ、それもありきでキミを揺さぶってるんだ」




幸村くんはちょっとやそっとの事じゃひるまない。

こうして言い合いして、私が強めの返しをしたとしても
それも普通に言葉として返してくるから、やっかいだ。

私の遠距離彼氏はすぐにどもっちゃうような人だから余計にそれが目立つ。


私は感情を素直に表現できない分、頭では物凄く考えてしまう。
だから無駄に頭の中で自分の知性みたいなものが育てられていて
言葉に発した時理屈っぽくなってしまう。大人っぽいといえばそうなんだけど。

この喋りが今までは感じ悪くとしか映らなかったけれど、この人の前ではそれが普通だ。

むしろこの人はそれを楽しんでいるかのような・・・


そう、例えるならばチェス。


チェス盤を挟んで対戦しているような駆け引きのような。




「自業自得って言葉知ってる?」

「・・・・・・知ってるけど」

「それを味わせてやればいい。因果応報ともいうのかな?」

「仕返ししてもイタチごっこよ。どちらかの許す気持ちがないと継続なんてありえないから」

「へえ・・・。大人だね」

「嫌な事されても・・・・・・好きなものは好きだから、我慢するしかないじゃない」




浮気しても結局は私を選んだんだ。そう私は"選ばれた"。

つまりそういう事でしょう??? 違うの?




「フフ。うらやましいな。さんにそこまで愛されてる彼がね」

「それはありがとう」

「・・・・・・・でも俺ならそれを簡単に超えて君を楽しませる事ができると思うんだけど」

「なっ」



諦めの悪い人!



幸村くんは私の横に手をついた。




「やっぱり女の子は愛されてなんぼ、だよね」

「その言葉使い・・・何かのあてつけにしか聞こえないんですけど。」

「あはは、バレた?」

「とにかく私は何にも苦労はしてないから。だから離してちょうだい」



私は顔の横にある幸村くんの腕をパシッとたたいた。



「キミに前言ったよね、"薔薇の下で"っていう言葉は秘密って意味があるって」

「・・・!?」

「バラには昔からたくさんの諺[ことわざ]があるんだ」

「・・・・・?」

「花言葉にしても色によって違うしたくさんの意味があるんだよ。それらは ほとんどが前向きな意味なんだ。愛情や告白、夢がかなう・・・・・・・素敵な言葉だよね」

「・・・・・」


「でもひとつだけ、そうじゃない言葉が含まれているんだ」



えっ・・・・



私は幸村くんを見上げた。



するとそのとき彼の顔を近づいて唇に何かが重なった。

驚いて何も言い返す事すらできなかった。
というより身動きが取れなかった。


幸村くんはにやりと笑って、今度は口元を私の耳元に近づけた。




「不貞――――――ってね」



「!」




幸村くんはにっこりと笑って私に何かを握らせて、そう言うと私から離れた。


自分の手を見てみると一輪の黄色いバラが握られていた。





「幸せになりたいのなら、そんな男はやめて俺にしときなよ」




さっきまでの冗談めいた雰囲気とガラリと変わって、幸村くんが切なそうにそういった。



A rose by any other name would smell as sweet.
("バラはどんな名前で呼んでもよい香りがする" )



(14.5.4)