こんなんじゃ俺は満足しない。








「はぁ・・・」



教室の窓から空を見上げため息をついている少年が一人。
外で優しく吹いている柔らかい風が少年の蒼い髪を揺らす。

そう、その少年とは幸村精市。この学校で知らない者はまずいないであろう人物。


彼がこうもため息をついているのは珍しい。
彼はテニスコートでは厳しい一面を見せるが日常生活においては至って普通(本人談)。 テニス部から見るとそうか?と思うが、確かによくよく考えてみれば 日常生活の彼はテニスコートにいるときよりも10%ぐらい穏やかかもしれない。

無論、テニス部以外の人から見れば普段の幸村は、「優しくて穏やか」であるが。


何事があっても冷静沈着、現実思考。
いつもどこか余裕を持っており、何事に対しても揺るがない。
冷静という名の穏やかさを常に纏っており、 どんなことにも動じない彼が。



・・・肘をついて窓から空を見上げているのだ。




「・・・どうした?精市。らしくないな」

「ん・・・、蓮二か。やあ」



部活の事で用事があり、幸村の教室にやってきた柳蓮二が 幸村本人に声をかける。仲良しの蓮二が珍しがるぐらい今日の幸村は不思議だった。


蓮二は部活のことで話したいことがありやってきたのだが、 こんなに珍しい幸村を目の当たりにしてはそっちに興味が向くに決まっている。 蓮二は好奇心が湧いてしまい、幸村の話を聞くことにした。
部活のことは・・・・・あとで調整すれば良いのだ。

幸村は空を見上げるのをやめて、クルリと蓮二の方を振り向いた。
そして先ほどまで肘をついていた窓に凭れかかって話を続けた。



「精市がため息とは珍しい」

「・・・うん。俺にしては珍しく、悩んでる」

「ほう、精市が悩みか。いつも悩む前に自己解決してしまうお前が悩むとは 相当な話なんだろうな」

「ああ、俺も参ってるよ。」

「フ・・・精市が悩むことなんかあるのか?」

「酷いなぁ、蓮二。あるさ、俺にもどうしようもないことくらい」



幸村がそう言うということは、本当にどうにもならない悩みなのだろう。



「良ければ相談に乗ろう。何か役に立てるかもしれない」

「フフ、じゃあ蓮二には言っておこうかな。」

「ああ、遠慮せず言ってくれ」



蓮二はこういった悩みを聞き出すのが部内一上手い。
だからこそデータも精度の高いものをそろえられると言ってもいいかもしれない。

幸村自身も「蓮二になら言ってもいいかな」と思っているくらい、 蓮二に対する周りの評価は高い。


幸村は、下をうつむきながらクスッと笑いまた窓の外を見始めた。
蓮二はその幸村の隣に移動した。




「・・・実はね、蓮二」

「ああ」




幸村を悩ませているのは一体何だろうか。
こんなことを言っては不謹慎かもしれないが、蓮二はワクワクしていた。




「・・・俺」




ゴクリ。






「・・・・・最近ヤり足りないんだよね」








まじめに悩みながら、とんでもないことを口走る幸村。
あまりに突拍子のないことだったのであの「蓮二」が思わず咳き込んでしまった。




「待て、精市。話の順序がぶっ飛び過ぎている」

「フフ、ごめんごめん。結論から言った方が伝わるかなって思ってさ」

「だが今ので大体掴めたぞ。とのことか」

「そうだよ。と俺の話だ」



幸村はおそらくこんな事は蓮二にしか言わないだろう。
(いたずらの意味で真田や赤也にわざと言うかもしれないが)



「実はね、半年ぐらいしてなかったんだよ。大会でバタバタしててね」

「なるほど」

「やっと全国も落ち着いたし時間と心に余裕が出来たから、久しぶりに とデートしたんだ。もちろん俺も男だしソレ込みで」

「ふむ」

「しばらくしてなかったとはいえ付き合ってから何回かした事はあるし、 満足感はあっても正直新鮮味はないと思ってたんだ。だけどね、久々にすると凄く・・・堪らなかった」

「そうか」

「大会があったとはいえ半年も何もせずとも平気だったんだよ? なのに今の俺は・・・・・もっともっとと思ってしまう」

「・・・」

「足りないんだよ。その日を家に帰してから、そこからずっと が欲しくてたまらない」




どうやら幸村はいろいろ溜まっているようだ。




「・・・幻滅したか?」

「いや、精市も一人の男なんだと安心したよ」

「ふふっ。ありがとう」

「普段はあまりそういう一面を見せていないからな。まさかそういう面で悩んでいるとは 思わなかったし」



蓮二が視線を向かいの校舎の屋上に移したので、幸村もつられて視線を上げる。
するとそこには6・7人くらいの女の子が此方を見ていて、 「今日の幸村先輩、憂いの表情だよ!!」「憂いの顔の幸村先輩も素敵だよね!」 「きっと全国2位になってしまった事に罪悪感を感じているのよ・・・」 「キャー!!幸村先輩かっこいいー!」「ねっ、ねぇ!こっち見てるよ!?」

・・・どうやら、女の子たちは幸村が何故こんな表情をしているのかを知らずに 憂いている姿に黄色い声を上げていたようだ。


本人は、ただ「ヤり足りないな」と思っているだけなのだが。




「だが俺のデータによると、いつもの精市ならに ストレートに頼むと思うが?」

「はは・・・。俺だって言えないことくらい、あるよ」

「フッ・・・。精市も人並み、なんだな」

「ひどいなぁ蓮二。俺を何だと思ってるんだよ」

「精市は意外と思っていることを口に出すし行動に移すからな」

「ふふ、当たってるね。・・・だけど今回はやっぱり、 の体も関係してるし。そりゃ言いにくい部分もあるよ」



どうやら、自分の欲求を満たすために彼女を巻き込んでいいのかと思っているらしい。 いつものように強引にに迫ればきっとは嫌々ながらも 付き合ってくれるに違いない。
だが、にとっては苦痛なことかもしれない。
男と違って女の体は繊細だから、大事に扱わなければならない。

それが分かる幸村は、自分の欲と思いやりの間で悩んでいるらしい。




は俺のものだけどオモチャじゃない」

「そうだな」

「・・・難しいな、男は」




幸村はふぅ、とまたため息をついた。
どこか切なそうな間の抜けたような表情で外を眺める。



「ありがとう、蓮二。話したら少しすっきりしたよ」

「早く精市の悩みが解消するといいな」

「フフ。ありがとう」




するとちょうどその時だった。





「幸村ー!ごめん、辞書貸して!」

「!」



噂をすれば、本人登場である。
話の渦中の人物が幸村の教室に飛び込んできた。

幸村は振り返った。は蓮二の存在に気付いたのか、 「あ、蓮二だ」と会釈した。すると蓮二もに挨拶した。 は幸村と蓮二を交互に見て、「幸村と蓮二が2人で話してる時って 何か企んでるよね」と笑った。幸村はクスッと笑い、蓮二は 「いい線行ってるな、」と言った。



「・・・で、何だっけ。辞書だっけ?」

「はっ!そうそう!ごめん、幸村。貸して欲しいの」

「また忘れたのかい?」

「珍しく予習しようと持って帰ったら、うっかり忘れちゃって!」

「俺の机の中に入ってるよ。勝手にどうぞ」

「助かる!」



は、すぐそこにあった幸村の机を覗き込んだ。
だが机の中に辞書なんか見つからない。どこだどこだと幸村の机の横の手提げなどを 覗いたりしている。

しかし。

その探している体勢はちょうど幸村(と蓮二)のアングルから見れば、 パンツが見えそうなくらい際どかった。


上半身を曲げ机を覗くために手を膝についているのだが、後ろから見ると 非常に危険な体勢である。ネクタイがぶらりと垂れ下っているのも、 膝に手をついていることにより胸が少し寄っているのも、年頃の幸村(と蓮二)からすれば とてもドキッとさせられる体勢なのだ。

幸村は腕を組んだ。そしてくすっと笑った。




「フフ。あれは俺を誘ってるのかな?」

「いや・・・。本人はそんなつもりは一切ないと思うぞ」




が無意識であれ、自分の欲求に敏感すぎる今の幸村にとっては、 いつもは我慢できたり興奮しない事、ほんの些細な事でスイッチが入りそうになる。 我慢に我慢を重ねている幸村のスイッチがONになることは、 が辞書を探し当てるのよりも早く、そして容易いことだった。



「あった!じゃあ借りていくね!ありがとう幸村!!」



2人に向かって、辞書片手に嬉しそうに笑う
教室を去っていこうとしたその時幸村が「」と呼びとめた。




「待って、

「??どしたの?幸村。もしかして次の時間、幸村も英語!?」

「違うよ。」

「???」

「・・・辞書を貸したお礼、くれるかな?」

「お礼?うん、帰り道ジュース奢りでいい?」

「そんなんじゃ足らないな」

「ええー!じゃ、じゃあ・・・ジュース2本?」




どうやらジュース2本でもダメらしい。幸村は頷かない。
がハテナを浮かべながらいろいろと見返りを考えていると、 幸村は至極穏やかな笑顔を浮かべてこう言った。




「・・・体で払おうか」

「!?」








(精市見事なり・・・!)(フフ、今日の放課後が楽しみだ) (幸村何言ってんの!?ばかじゃないの!?) (蓮二、今日の部活は弦一郎と蓮二に任せていいかな)(あ、ああ) (ちょっと蓮二!?蓮二助けて!)(・・・今日の放課後は急用ができて、 とてもじゃないけど部活に出れそうにないよ。なんてったって 部活が終わるのよりも遅いと思うからね。フフ)(やっぱ辞書返す!!!)


幸村くんと参謀が書きたかっただけ!(10.7.11)