「今日はやたらと機嫌がいいみたいだね、白石」











合宿所での朝。
自主練という名の早朝ランニングを終えて、部屋に戻って朝食に向かう支度をしていると 同室仲間の不二クンにそう言われた。ちょうど不二クンと同じく同室の幸村クンは 植物の世話をしているところで、2人がなんかニヤニヤしながらそう言ってきた。



「いや、別にいつも通りやけど」

「なんか浮足だってる気がしたんだけどなぁ」

「幸村、予想が外れちゃったね」

「残念。なんかいいことあるのかと思って聞こうと思ったのに」

「いや2人とも勘繰りすぎやろ。別に何もないって。そんなことより朝食行こうや」

「俺たちは後から向かうよ」

「そうか?ほなお先に」




―――――バタン。

部屋から出てドアを閉めたその瞬間、俺は左胸に手を当ててドアにもたれかかった。



(今日合宿所にが来るんがバレたかと思ったーーーーー!!!!焦ったー!!!)



そう、今日は彼女であるが合宿所に顔を出してくれる日だった。
は大阪におるんやけど、東京の親戚の家に帰省するついでに寄ってくれるらしい。

わざわざ会いに来てくれる事が嬉しかった俺はこの日をずーーーーっと待っとったし
この日があるからキツイ練習にも耐えられた。
もちろん連絡はマメにとってるし電話もしてるけど、直接会うのって違うやん?

昨日の夜からワクワクしてたんやけど、なんかあんまよう寝れんくて(嬉しすぎて)
朝もいつもより早く起きたし身支度もいつもより念入りにしたし。
でも同室の2人にバレると茶化されるから・・・あくまでいつも通りにしてたつもりやったけど


なんなんあの2人、めちゃめちゃ鋭いやん!!!ビビッたわ!!!!!






が来てくれるのは昼休憩の合間。
楽しみやなー。午前のトレーニングのキツさも耐えれるわ!




「白石、今日なんか機嫌良さげやな?」

「!謙也」

「隣、邪魔するで。いただきます」



朝ごはんを食べていると、隣に謙也が座ってきた。



「え?なんでそう思うん?」

「なんとなく。」

「俺顔に出てたか?」

「いやそういうワケちゃうけど・・・なんやろ?なんとなくそう思っただけ」



チームメイトでもある謙也にもそういわれた。
・・・っちゅーことは俺・・・やっぱ出てるんやろな・・・・。いや、どんだけやねん!



「あー・・・謙也やから言うけど、実は今日の昼休憩にが来てくれんねん」

「ホンマか!?来てくれんねや!?」

「そ。」

「それは嬉しいなぁ。せやからか。俺も会いたいけど・・・ま、空気は読むっちゅー話や」









午前のトレーニング中は時計ばっかり見てたかもしれへん。
時計が12時になるのが待ち遠しくて、昼休憩に早くなって欲しかった。

「午前のトレーニングは終了!各自休憩時間をとってください」というコーチのアナウンスが流れて、 みんなが一目散にレストランに向かうのを後目に俺はこそっと合宿所入り口の方へと向かった。

出来るだけ早く会いたくて、玄関に全力疾走。
もう来てるかな、、、来てるよな?



「あ!蔵久しぶりー!!!!よっ♪」

「・・・・・!!」



玄関に到着すると、俺の姿をすぐに見つけてくれたがそこにはいた。
笑顔で迎えてくれたを見ただけで自然と表情が緩んでしまう。



「ここまで来るの大変やったやろ?ご苦労さん」

「ううん。小旅行ってかんじで楽しかったよ」



しばらく本物のに会ってなかったから、なんか嬉しくてニヤニヤしてしまう。
ちょっと見ん間にちょっと可愛くなったんちゃう・・・!?
俺がおらん間に変な虫よりついてへん・・・!?心配や・・・!



「蔵も毎日おつかれさま。大変なんじゃない??」

「せやな。大変やけど・・・でも今日があるから頑張れたわ」

「・・・!さ、さらっとそういうこと言うんだから」

「ホンマやもん」

「・・・・・・・・・・・・私もだけど」



照れつつそういうがめっちゃ可愛い。
可愛すぎてこのまま時間とまってくれへんかな、と思うくらい。



「あっそうだ。蔵に渡すもの色々あるの」

「俺に?」

「うん。まずは蔵のお母さんからこの紙袋を預かってきた。これは蔵に。
それからこれは謙也のお母さんから謙也とユーシくんに渡しといてやーって預かってきたやつ! それからこっちは四天宝寺のみんなにってオサムちゃんから預かってきたやつでー・・・」

「めっちゃ大荷物やん」

「でしょ?私が行くよって言ったら皆これもこれもーって」

「ははは、想像つくわ」

「それからこれは私から・・・・・・はい」

「・・・!!!!!!これは!!!!!」



が渡してくれたそれは、「プロテイン入りのゼリー」・・・!!!!
これ・・・・・!!!!!



「カブリエルの!?ホンマに!?いや、もうすぐ切れそうで欲しかってん!!」

「それは良かった。カブリエルによろしくね」

「ありがとう!」

「で、もうひとつあるの」

「もうひとつ?」

「これが本当の本当に私から蔵への差し入れ。後で開けてね」

「わかったわ」




そのあと俺とは数分間喋った。
俺の休憩時間も制限があるしってことで、本当に「限られた時間」だった。

いつもは同じクラスやし喋る事なんて当たり前のことなのに、今は違う。




「・・・・あ。そろそろ蔵がお昼食べる時間なくなっちゃうね」

「せやな・・・」



時計を見たが寂しそうにそう言う。
楽しい時間はホンマにあっという間・・・・・・・やな。




「・・・・・・蔵、この後も合宿頑張ってね!」

「おう。日本代表になれるよう頑張るわ」

「じゃあ・・・・」

「・・・」



は帰りづらそうにしていた。
帰りたくない・・・って、そう思ってくれてるんやろか?




「・・・・・・帰したくないな」

「・・・!蔵、」

「・・・・・・・・・・・・帰したくない」



俺はそう言ってのことを軽く抱きしめた。
が結構強い力で抱きしめ返してきたから、俺もぎゅっと抱き締めた。

の柔らかくて温かい、肌の感覚を体で覚えるように。



「合宿終わったらどっか行こうね」

「ああ」

「・・・・いっぱいわがまま聞いてね」

「もちろん聞くで」


「・・・・・・・・今度こそ。行かなきゃ。・・・・・じゃあ、」



俺の腰から手を離し、体を離そうとするをもう一度抱き寄せて
そのまま顔を近づけて、俺は彼女に優しく口づけた。










を合宿所の門ギリギリまで、姿がなくなるまで見送った。
帰るときってこんなにも寂しいもんなんやな。



その日の夜。
俺はから預かった荷物をチームメイトに渡した。(皆よろこんでたわ)

一通り渡して部屋に戻り、俺も自分の荷物を開けることにした。
お風呂から上がり部屋に戻って、寝る前にからもらった紙袋を開ける。




(・・・新しいリストバンドと手作りのお菓子!それと手紙や)




手紙を開くと封筒からの香りがして抱きしめたことを思い出す。
中身はの字で書かれた手紙。合宿頑張ってね、と彼女らしい言葉遣いでつづられている。
最後の方に「蔵のカッコええ姿、私も見たかったな!」と書かれてて思わずニヤける。 あんまりニヤけるとまた同室の2人に怪しまれるから程々に。

手紙を何回も読み返して、封筒に入れなおすときまた漂うの香り。
絶対帰ったら真っ先に会いに行こう。
そんでのワガママ全部聞いて、をたくさん抱きしめよう。


そう思いながら手紙の封筒を自分の荷物に大切に納めた。
嬉しくてすぐに携帯でお礼を送信した。

目をつむれば昼間に会った幸せな時間が再生される。
会えない間はこうしてれば幸せや。せやからも、寂しくなったらこうしてな。






帰ったら構うで!って意味のAre you ready?(準備はいい?)のレディと、Lady(お嬢さん)のレディがかけてあるだけの話(18.4.2)