「よっしゃ〜!!弁当の時間や!」




4時間目の授業が終わって間髪いれずに隣の席の謙也がそう叫ぶ。
数秒後にはすぐにお弁当を広げていた。早いなぁ・・・



「あっ、謙也のお弁当の卵焼き綺麗だね!」

「せやろ?オカンの卵焼きめっちゃ美味いからな」

「・・・へー。ホンマや。卵焼き綺麗やなぁ」



話を聞いていた蔵も謙也のお弁当を覗き込んでそう言った。
謙也のおばちゃんの卵焼きは本当に綺麗だった。
こう、クレープみたいに薄くて何層にもなって重なってて凄くきれい。

そしたら蔵がこうつぶやいたんだ。




「やっぱ、女の子は卵焼きが綺麗に作れんとな!」








その一言に私の心がどんなに痛んだか。


はっきり言おう。私は料理は家庭科でしか携わった事がない。
普段彼氏の蔵の前では女の子らしくするよう心がけている。
というか、演じているに近いのかもしれない。

私は自宅でキッチンに入った事はない。
ご飯はお母さんが作ってくれるからだ。もちろんお弁当だってお母さんが作ってくれる。


だから卵焼きなんて作った事もないし、作ろうと思った事もない。

よくよく考えたらあんな器用にどうやって作るんだろう・・・?
卵を入れればいいだけ?どうやって作るの!?



蔵は私が料理できない事をきっと知らない。

いや、知っていたら付き合えなかったかもしれない。
蔵がああいったときは「だよね〜!女の子の基本だよね!料理は!特に卵焼き」なんて 調子良く言っちゃったけど、私卵焼きもロクに作れないよ・・・!




よし。決めた。
これを機に私、今日から頑張って練習する!!!

善は急げ。私は謙也のことをばかに出来ないくらいの早い実行力で、 今晩キッチンに立ったのだった。





「どしたの急に卵焼きが作りたいなんて」

「いいじゃん別にっ」

「ははーん。さては白石くんに作ってあげるとか?」

「そっそんなんじゃないし!!!」

「はいはい。」



夕飯も食べ終わって片付けたあと、私はお母さんに卵焼きの作り方を教えてもらった。
まずはお母さんの手本を見る。うわぁ・・・すごいテキパキしてる・・・!!

卵焼き器ってああやって使うんだ・・・。それにしても器用だなぁ。



「ほら、こんなかんじで出来あがり」

「おお!」

「じゃあ次はの番」



あまりにお母さんが簡単に卵焼きを作るから、簡単そうに見えた。
だけど・・・・全然上手くできない〜!!!



「ああもう、!卵早く入れて!ほらぁ〜!もう焼けて固まってるから!」

「えっ!えっ!?」

「早く早く!!・・・・・・・あーあ。もうこれはダメね」

「・・・」



卵焼きは黒く焦げ付いてしまった。

あの時の蔵の言葉がもっと私の胸を痛めつける。
「やっぱ女の子は卵焼きが作れんとな!」

あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜・・・・・








、どしたん!?その卵」

「えっ?」



翌日のお昼の時間、謙也に指を差されて私ははっとした。

私のお弁当には昨日の私作の卵焼きが入っていた。
どうやらお母さんは卵を無駄にしたくないらしい。
(責任は自分でとれってか・・・!!!)

食べた味はちゃんと卵焼きの味。だけど形は全然だめだ。



「こっ、これお母さんが朝失敗しちゃったみたい!あはは」

「へー。朝目ぇ離したんかな」

「そうかも!」

「・・・・」




はぁー・・・。そんなに目に付く卵だったかな。
これは・・・・・・・・・

練習が必要ね・・・。





その日から私は夜に卵焼きの練習をした。

次の日も綺麗にできなかった。その次の日もそんなに進歩はなかった。
毎日いびつな卵がお弁当に入っていた。
せめて蔵と謙也に突っ込まれないようにと、お弁当をあけたらまず 卵を1番に食べて、私が料理が出来ない証拠を消していた。

うーん。右腕が痛い。フライパン片手で持つのって意外とくるなぁ・・・


3日目には崩れそうだけどなんとなく卵焼き、的なものが出来た。
だけど相変わらず表面は焦げ付いちゃったとこがある。
4日目も同じ感じだけど昨日よりはマシだったと思う。




って卵好きやなぁ〜」

「えっ?」

「お前、弁当箱開けたら凄い速さで真っ先に卵食べるやん!なぁ白石」

「え、えっ?そうだったかなー!でも卵好きだし!あはは」




謙也はこういう変なところで鋭いから腹が立つ。
蔵は何も言わなかった。




そしてチャレンジを初めて1週間が立とうとするある日だった。



(あ、あれ・・・??)



な、なんか良い感じ!?かも!?
あっなんか本当にいいかんじ!

焼きあがった卵焼きは綺麗な黄色のまま、形を成していた。
うわー!!!!自分でいうのもなんだけど、めっちゃおいしそうじゃん!

今までで一番綺麗でおいしそうだ!





翌日のお昼の時間、お弁当箱のフタをあけて卵焼きを再確認。
・・・うん!やっぱりめっちゃ綺麗に出来てる!

嬉しいなぁー♪ これだけのことだけど嬉しい!


・・・って、一応蔵と謙也の前では料理が出来る感じで通してるんだから
これが当たり前なんだけどねっ!頑張っただなんて言えないんだよね。
嬉しい気持ちを抑えて、私はいつも通り卵焼きに箸を伸ばす。

うーん。でも勿体ないなぁ。やっぱ嬉しいし・・・。うふふ。

その時だった。



、」

「んっ?」



一緒に食べている蔵が声をかけて来た。



の卵焼き食べるとこ毎日見てたら、俺も卵食べたくなった。一口くれへん?」

「えっ・・・!えっと、うん・・・!」



うそ、早速蔵が・・・!?
大丈夫だよね!?お母さんが作ったって思ってくれたらいいんだけど・・・


私は蔵に卵焼きを差し出した。
すると蔵はぱくっとそれを一口食べた。ど、どうかな・・・



「うん!めっちゃ美味しいで!ありがとな、

「それは良かった・・・!」



うそーーーーーーーー!!!!!!

蔵がおいしいって言ってくれた・・・!!!!!
ううーん・・・!嬉しすぎる・・・っ

蔵は私のお母さんが卵焼き作ってるって思ってるんだけどね・・・!
でもいいの!いつリクエストされても作って上げれるようになったんだから。



だけど蔵はこっそり私にこう耳打ちしてくれた。




「よくできました」




「!?」




えっ・・・・・・・・

もしかして蔵、気づいてたのかな・・・
毎日いびつな卵が入ってるの見てて、何も言わなかったのって・・・
私が練習してるって気づいてたのかな?
蔵は私のこといろいろ理解してるからあり得るかも・・・。

ってことは料理できないのに見栄張ってたのもバレてるってことだよね?
・・・・・う゛。それはちょっと居たたまれないぞ・・・!



「そーいうとこ、可愛いねんな。は」


「・・・・・・!」



蔵はハハッと笑った。

そして私の頭をポンポンとなでてくれた。
何も分かってない謙也は頭にハテナを浮かべていたけど、


私はめちゃくちゃそれが嬉しくて どうしようもなく蔵にドキドキしてしまった。




(昼下がりの5時間目の授業で、私が蔵のお嫁さんになる妄想をずっとしてたなんて 口が裂けても言えないんだけどね!)







(13.2.21)