それは、ある朝学校へ行く前のこと。
突然のお母さんの一言から始まった。



「ねぇ

「ん?何ー?お母さん」



靴を履きながら、玄関にある鏡で前髪を整えていたらお母さんが出てきた。



「さっきゴミ捨てに行ったとき、謙也くんのお母さんから聞いたんだけど、」

「うんー」

「彼氏いるんだってね」

「ブッ!!!」



思わず吹き出してしまった。
私には白石蔵ノ介という彼氏がいる。それは事実だ。
付き合ってかなり長いけど、それはお母さんや家族には内緒にしてあった。

それなのに・・・え!?え!?なんで喋っちゃったかな謙也のおばちゃん!!!



「お母さんそんなこと聞いてないけど」

「え・・・!!!いや、まぁ・・・そんな報告するのもどうかと思いまして・・・!」

「聞いた話によると、超イケメンらしいじゃない!」

「そう!!!そうなの!!!超イケメンだよ!外見じゃなくて中身も!!!」



その一言には反応せざるを得なかった私。
するとお母さんはふふふっと笑って、一言こういった。



「今度、参観日があるでしょ?」



あっ・・・。そういえばそうだっけ・・・



「その時にチェックしとくわ。どんな子か楽しみね」

「え?いいの?怒らないの?」

「怒らないわよ。だって、もう付き合って長いみたいだし安心してるから。 楽しそうにしてるなら何よりよ」

「お母さん・・・!」

「いつでもうちに連れてきなさいね」

「本当!?」

「もちろんお父さんには内緒にしてるから*」








・・・というわけで、ひょんな事から彼氏の存在がバレてしまったんだけど。
結果的にお母さんも許してくれてるみたいだしいっか!


それに蔵のことだもん。
蔵を紹介したら、どんなに先入観持ってる人でも納得しちゃうよね!
見たら良い人だっていうのが滲み出てるし、何より嫌味がないし!




「おはよ、!」

「あ、謙也。おはよー」



幼馴染でご近所の謙也と朝一緒になった。
選手よりも早く行きたいマネージャーの私としては、謙也は厄介だ。
だってこいつ、めちゃ朝早いんだもん!それより早く行くってしんどいよ!

だから登校時間は必然的に謙也と時間帯が並んでしまう。



「さっきオカンが喋ったんやってな〜。に彼氏おるでって」

「そうみたいだね。さっき、お母さんに突っ込まれたよ」

「すまんなぁ。オカンが"ちゃんのお母さんめちゃビックリしとったで! お母さんいらん事言うたかな!?"言うて笑うとったで」

「あはは!お母さんがね、蔵に会いたがってるんだよね」

「へぇー。白石にか」

「だから今度の参観日にチェックするっていってた」

「・・・アイツのことや、きっとそういうんも完璧なんやろな・・・」

「ふふっ、そうだろうね。だから私何の心配もしてないよ!」



すると、謙也が何かを考え始めた。
え・・・なんだろう・・・。




「謙也?」

「・・・あーいや、なんでもないわ!」

「?」







そしてその日の昼休憩の事だった。




「蔵!ごめん、今日お昼ご飯、友達と約束してるから屋上行くね!」

「おーええでー!楽しんできぃや!」

「また5時間目にねっ」



は昼休憩は女友達と約束しているようで、白石に断ると教室を出て行った。



「ホンマお前らは仲良えなぁ。なんやねん、5時間目にって」

「うらやましいやろ謙也」

「全然。てか白石、聞いたで。お前のオカンに挨拶するんやって?」

「おー!そうやで!今朝から言われた。」

「ほー・・・」



相手の親に呼ばれたというのに余裕そうな白石。
きっと白石にとってそんなことは当たり前のことなのだろう。

「どうせいつかはある事やし、俺も近々挨拶したかったしな」と白石は付け加えた。



「え、お前怖いとかないん?」

「んーあんまりないなぁ。むしろ楽しみな方が大きいかも。だってを産んでくれた お母さんやで?」

(コイツ、ほんまおもろないな・・・!

も俺の母さんに挨拶する言うとったし。今度の参観日はちょっと楽しみやな」

「おい白石」

「え?」

「お前は小学校ちゃうから知らんやろうけど・・・」

「な、なんやねん急に・・・」




の母さん、めっちゃ怖いで」





「!!!!????」





急な謙也の一言に、目を丸くした白石。




「な、何言うてんねん。あのの母さんやで?怖いわけないやん・・・!」

「お前は知らんやろな〜。の母さんめっちゃ教育ママやで。 やばいで。超怖い」

「・・・!!」



もちろん、謙也の言っている事は嘘だ。
の母はと性格が似ており、厳しいどころかゆるい。

小学校の頃にはクラスの皆に羨ましがられるような美人ママだし優しいママだった。
もちろん謙也ものお母さんが大好きだった。
小学校時代に自分の母に怒られて凹んだりしていると、 「うちにおいで」と言っておいしいケーキを食べさせてくれた。 そしていろいろ話を聞いてくれて、なぐさめてくれた。 のお母さんに抱きついて泣いた事だってあった。それくらいいいお母さんだ。



そんなお母さんのことだ。

絶対に白石のことを気に入るに違いない。


だがそれは普通すぎて、謙也は面白くないと思った。



早くに彼女をつくり、彼女とケンカしたことないくらい仲良し。
そして2年(1年の秋)のときから部長をしていて、イケメン。とにかく完璧。

そこまで出来上がった人間に、これ以上幸せになられてたまるか!
そう思った謙也はちょっとばかり意地悪を仕掛けてみようと思ったのだ。




「・・・え?マジなんそれ」



白石は顔をひきつらせてそういった。

無理もなかった。なぜなら謙也はの幼馴染で、よく知っている人物なのだから。





「やばいで。多分白石といえどもちょっとでも落ち度あったら、の母さん NG出すで・・・!めっちゃ毒舌やで」

「ほ、ほうなん・・・?でもの話やとそうでもなかったけど・・・」

「アホか。には優しいやろ!娘なんやし!でも相手が大事な娘の男やで?」

「ああ、そっか・・・」

「せやから・・・ま、白石頑張りや」

「お、おう・・・」








そして、参観日の日がやってきた。




「蔵、いよいよ次は授業参観だね♪」

「お、おう・・・・・せやな」

「蔵ママに会うし、挨拶するし、いつもより気合入れてきたんだけどどう!? 変じゃないかな!?」



手鏡で前髪を直しながら、横顔も確認した。
しかし白石は謙也の言葉が気になってそれどころではなかった。



、此処髪の毛ついてんで」

「あっ!ありがとう!」



の背中についていた髪の毛をとる白石。
その顔はやっぱり浮かない顔をしている。



「・・・ん?どしたの?蔵・・・」

「あー、いや、ちょっと緊張するなぁって・・・」

「???珍しいね、蔵も緊張するの??」

「そ、そりゃ彼女のお母さんに挨拶するんやし、緊張するやろ」



謙也から事前にのお母さんのことを聞いていれば、尚更。



「そんなに緊張しなくていいのに!」



と、その時だった。



クラスの皆がざわつきはじめる。どうやらクラスメイトのお母さんが続々と 到着しはじめているようだ。





「ちょっ・・・なんで一番乗りしてんねん!!!!オカン!!!!」

「アンタが心配やから来たんや!」

「翔太んとこ行けや母さん!!!」

「翔太よりアンタの方が心配や!!なんやその机の上の消しゴムは!!早よ収めなさい!」




「・・・あ、あれ謙也の母さんなん・・・?」

「あははっ、うん。謙也のお母さんだよ。おばちゃーん!こんにちは!」

「あらちゃん!それに白石くんも!こんにちは!うちのアホな息子がいつもお世話になってます」

「アホは余計や」

「こんにちは」

「アンタも白石くんみたいに落ち着きなさい!!」




さすが忍足家の母。謙也のせっかちなDNAの持ち主だ。
そこからお母さんたちがたくさん集まり始める。



「うちの母さんは先に友香里んとこいったみたいやな」

「あ、うちのお母さんきた!」

「・・・・・!!!」



のお母さんがきた瞬間、授業開始のチャイムが鳴った。
そのため白石は一応会釈をしたものの顔を見る余裕もなく席に着かなければならなかった。 そんな中、授業が始まる。白石は授業中も挨拶のことばかりを考えていて、のお母さんのことが 気になって気になって仕方なかった。







(・・・なんて言えば信頼性があるんかな?と今まで黙って付き合ってきたわけやし、 早よ言わんかったことを謝罪した方がええよな・・・??)

(でもテニス部の部長がマネージャーに手を出したってことやし、 それって許されることなんか・・・??)

(ていうか今更になって、にキスしたことがあることとか手を繋いだ事に 罪悪感感じてまうわ・・・!!!)(大切な子に手を出したっちゅーことに変わりはないし・・・!)




「蔵、蔵ってば!」

「へっ?」

「白石〜。お前参観日やっちゅーのにテンション低いやんけ〜。よっしゃ、今のとこ 前に出て答えや」




どうやらボーッと物思いにふけっている間に、先生に当てられてしまったらしい。

いつもなら授業を聞いているし、内職をしていても耳だけは先生の方を向いているので
急に当てられても平気なのだが・・・今日ばかりは本当に何も聞いていなかった。


どこ当てられたんやっけ、と思い教科書を探る素振りを見せるが、
全くわからない。



そんな珍しい(初めて?)姿を見せる白石に対して、クラスがざわつく。



「蔵、P37の問12だよ」

「えっ・・・あっ、ありがと。



前に出てサラサラと答えを書くのは造作もないこと。
「さすが白石やなー!」と感心する先生とクラスメイト。
だが白石の顔は曇ったままだった。



「・・・蔵、大丈夫??なんか凄く顔色悪いけど」

「大丈夫。ありがと」




(・・・・・もしかして今の、の母さん見とったかな・・・!)
(もしそうやったら、授業真面目に受けてへん子に見られたんちゃうん・・・!?)
(あー!!!何やってんねん、俺!)(今日に限って全然話聞いてへんかったとか・・・!)





結局、白石の不安とプレッシャーが募りに募る50分だった。






「蔵、挨拶しに行こ☆」

「あ・・・ああ・・・・せやな」




授業が終わり、帰りのHRが始まるまでのわずかな時間。

が席を立って白石にそう言った。
そう、今の間に挨拶を済ましてしまおうというわけだ。
だが白石は物凄く緊張していた。柄にもなくプレッシャーに押しつぶされそうだった。

いつものような余裕はないし、完璧と言われる彼にしては珍しくガチガチ。


まずは、白石のお母さんにが挨拶する番だ。




「母さん」




白石が話しかけた女性は、とても綺麗な顔をした人だった。
どこか白石の顔の綺麗さの面影があるその女性は紛れもなく白石のお母さんだった。

その綺麗さには一瞬どきっとするが、すぐに笑顔であいさつした。




「こんにちは!」

「母さん、この子がいっつも話しとる彼女の

「お会いするのは初めまして!です」

「ああ!ちゃんな!蔵ノ介からも友香里からも聞いてます」

(・・・!!!わ、笑うと綺麗だし可愛い・・・!)



白石のお母さんは微笑んだ。
その笑った顔がすごく白石の微笑んだ感じに似ていて、は思わずハッとする。



「いつも蔵には良くしてもらって・・・!すっごく楽しいです♪」

「ほんまに?蔵ノ介、友香里にいっつも振り回されとるから・・・。 それの八当たりとかしてへん?」

「ちょっ、母さん」

「あははっ!*全然そんなことないです!ほんっっっとに一緒にいて楽しいので、 これからもどうぞよろしくお願いします」




の嫌味のない笑顔と態度に、お母さんは嬉しそうだった。




ちゃん、今度一緒にお茶しにウチに来たらええわ」

「本当ですか!?是非!」

「・・・ほな蔵ノ介、ちゃんのお母さんにもちゃんとご挨拶しときや」

「・・・せやな」




の挨拶が終わり、今度は白石がのお母さんに挨拶する番だ。
白石はすーっと息を吸い胸に手を当て、深呼吸をした。




「お母さーん!」

(ドキドキドキドキ・・・・!!)

、」

「お母さん、ほら!蔵だよ」




白石は緊張して高鳴る心臓のバクバクを抑えながら、恐る恐るのお母さんの顔を見た。

謙也の話によるとかなり手ごわい教育ママ。
かなりの毒舌で、ちょっとのことでNGを出すという頑固なお母さん。
今日自分は先生の話を聞いていない、というミスを犯してしまったが許してくれるだろうか?




「あら・・・!!!ちょっと・・・・何この子・・・!」

(アカン・・・か・・・!)



のお母さんがの肩を持って片手で口元を抑えた。
顔はひきつっている。これは完全に嫌われているに違いない。

白石の心に絶望感が生まれた、そのときだった。




めちゃめちゃイケメンじゃないの!!やったわね!!




・・・・・・。


・・・・・え?




思わず白石は目をぱちぱちと瞬きさせて、のお母さんの顔を見た。


今、何と・・・????






でしょーー!?お母さん!!!だから言ったじゃん♪」

「想像以上だったわー!きみが白石くんね!」

「あ、はい・・・!(謙也の話とちゃうやん・・・!)」

「思い返せば白石くんと付き合い始めたらしき日から、楽しそうよ。
それに何となくだけど、白石くんすごくいい子そうだし、安心したわ」

「えっと・・・その、俺の方こそ本当に助かってます!
毎日毎日部活のことも一緒に考えてくれて、弱味見せるんが苦手な俺によぅ気がついて 話とかたくさん聞いてもらってるし・・・!ホンマ、・・・いや、さんがいなかったら 俺はダメなままやったと思います」




白石がそう言うと、のお母さんはにっこり笑った。
その無邪気な笑い方がにそっくりで、白石は安心感を覚えた。




「これからもを宜しくね。」

「えっ・・・!いいんですか?」

「大歓迎よ♪むしろ、この大ボケ娘を宜しくお願いします」

「あっお母さんひどい!!」

「本当のことでしょうが!みたいにボケボケな子が、こんなしっかりした 白石くんみたいな子捕まえた事が奇跡だわ」

「い、いえ・・・。本当に感謝してるのは此方です。ありがとうございます」

「・・・白石くんなら安心ね!でも、私は100%信用したわけではないからね」

「え・・・!!!!」

「ちょっとお母さん!?」


「10年後に同じセリフが聞けたら、信用します」




そういうとのお母さんは白石の手をぎゅっと握った。




「・・・宜しくお願いします!」








(蔵!挨拶大成功だね♪お母さん、すっごく喜んでたよー!!) (うちの母さんもめっちゃあれからの事話に出してくるで。 次ウチに来るのはいつかってしつこいねん) (あはは!じゃあ今度また改めて蔵の家行きたいね!) (それにしてもホンマ緊張したわ・・・!謙也、後でシバく) (謙也ー!蔵がシバくってー!)(は?なんでやねん!) (お前、俺に嘘ついたろ。そのせいで俺はのお母さんに変なとこを・・・!!!) (え?・・あーっ!!せやせや!すまん!白石!ちょっとオモロいかと思うて!) (一生許さんからな。お前、覚えときや)



(ちょうど10年後、私と蔵はお互いの両親にまたご挨拶をしにいくことになりました)


(11.4.14)