『好き―――』

そう言ってテレビの中で、女が男にキスをする。女からのキスはかなり積極的で 見ている此方が息を飲むくらい、セクシーで色っぽかった。



白石家のリビングでは、今家族揃ってテレビにくぎ付けだった。
主に食いついて見ていたのは白石の姉・妹・母親であるが、 白石もこういった恋愛ドラマは嫌いではないため、リビングに居座っている ついでに見てしまっている。父親も同様だ。

母はキッチンで洗い物をしながら、姉はダイニングでジュースを飲みながら。 白石と妹・父親がリビングのソファに座ってテレビをみている状態だ。 どうやらキスシーンで固くなるような家族ではないらしい。


俳優のなかなかの名演技につい、見入ってしまう。
そして自然と自分に置き換えて考えてしまう。



(・・・これエエかも)



積極的な女は苦手だが、これはこれでなかなか良いかも知れない。
というのは勿論彼女の限定で、だけれど。


恋愛ドラマを見て、白石はある事を思いついたのだった。









ー!!昨日の9時ドラマ見た!?」

「あ、ごめん見てないの。あのドラマ」

「ええー!ありえへん!!昨日な、最高の名演技でな!めっちゃキュンキュンきたんやで!」



朝から友達が、ものすごいテンションで話しかけてきたのは、 今話題の恋愛ドラマの話だ。

このドラマは毎回視聴率も良いらしくて、今人気のドラマみたい。

だけどあいにく私はそんなドラマよりも裏番組のお笑い番組の方が好きで、 友達の言うこのドラマは見ていなかったりする。 (だからテレビの話になると女友達よりも男友達の方が合ったりする)


それに・・・。ドラマでキュンキュンしなくても、現実世界で蔵にキュンキュンさせられてるしねっ!



、彼氏がおってこそあのドラマは楽しめるで」

「そうなの?」



・・・そういえばあのドラマ、蔵も見てるって言ってたっけ・・・



も見た方が良えって!まだ5話やもん、おいつけるって!」

「そうかなぁ」

「あっ、今日ウチ他の子に貸そうと思うて録画したDVD持ってきてんねんけど、 どう?昼休憩に視聴覚室で1話だけでも見てみぃひん!?」

「あっ、本当!?じゃあ・・・」



蔵も「オススメや」って言ってたドラマだもんね・・・。
別に恋愛ドラマも嫌いじゃないし、そんなに言うなら見てみたいかも。
(蔵とドラマについて話せるかもしれないし!)

ふふふ、楽しみ・・・☆









「どうやった!?」

「想像以上に良くてビックリした・・・!すっごくキュンとくるね・・・!」

「やろ!?」




結局、この日の昼休憩に友達数人で視聴覚室を勝手に拝借して、ドラマの1話を 見てしまった。確かにこれは・・・キュンとくるドラマだ。 すっごく恋がしたくなるような、恋を楽しもうと思えるような、そんなドラマ。 恋人がいない子は彼氏が欲しくなるだろうし、恋人がいる子は 恋人を大事にしたいって思える・・・そんなドラマ。

ううーん・・・!なんかこのドラマ見たら・・・

無性に蔵に会いたくなってきちゃった・・・!


同じ学校だし、部活だって一緒だしいつだって会ってるのに、 なんでだろう!今すっごく蔵に会って甘えたいような、そんな気分。



、白石に会いたくなったんとちゃう??」

「・・・うん、そうかも」

「ホンマは白石一筋やなー!!」

「えへへ*」

「ええよええよ、今日の放課後は部活ないんやしイチャついて帰りや」

「えっ、でも一緒に放課後、2話見ようって・・・」

にはまた貸すしええって。それより白石とイチャついておいで」




なんか恥ずかしいなぁ。
でも友達の許しも出たことだし・・・お言葉に甘えて此処は蔵を優先しちゃおうかな! あのドラマを見て良かった。もしかしたら今日、蔵にベタベタばっかりするかもしんない、 そう思えるくらい今日の私は素直だ。


というわけで私はこの日、蔵と帰ることにした。
・・・一緒に帰る事自体はほとんど毎日やっているんだけど、 今日は蔵に「たまにはウチ寄ってちょっと喋らへん?」って誘われて 蔵の家におじゃますることになった。

ドラマの効果で、私も今日はいつも以上に蔵と一緒にいたい気分だし☆





「適当にくつろいでな」

「うん!」



蔵の部屋に上がって、いつもの位置に座る私。
蔵は気を遣ってくれて私の前にジュースの入ったグラスを差し出してくれた。



「急に呼んでごめんな」

「ううん、たまには部活以外でこうして2人っきりで喋りたいし。気にしないで」

「嬉しい事言うやん!でもま、確かに2人っきりにはなかなかなれんよな」

「ふふふっ、確かにね」

「・・・せやからなかなかキスも出来てへんよな。最近」

「うそ。先週帰り道にしたじゃん!」

「ほっぺやん」

「キスでしょ」

「物足りひんわ」

「もー。蔵、なんかそれ気持ち悪いよ」

「ホンマの事やもん」



子供みたいな口調で言い返す蔵。か、かわいー!
こんな蔵、部員の皆の前では見たことない。・・・見せられないよね。
こうして私にだけ本性を出してくれるのって嬉しいな。



「せやから今日は俺の気が済むまで一緒におってもらうからな」



蔵は私の隣に座った。そしてギュッと片手で肩を抱き寄せてくれる。
・・・んー、やっぱり蔵にこうされると・・・安心する・・・。

今日、会いたかった分余計に。



「・・・、」

「ん」



蔵が私の名前を呼ぶ。とろけそうなくらい甘くて、やわらかくて優しくて、 そして少し鼻にかかった声。蔵の声で私にスイッチが入る。 もっと蔵にこうされたい、とか蔵と離れたくないって気持ちがあふれてくる。

今日はいつも以上に蔵の全てに敏感な私は、キスを求めて目を瞑った。


・・・しかしその時だった。

急に唇に指の感触がした。何だろう、と目を開けるとそこには 微笑む蔵の顔があった。な・・・何・・・??





「は、はい・・・」



なっ・・・なんだろう・・・!!
私が困惑していると、蔵は私の手をギュッと握ったままニヤリと笑った。
なんか思いついたような、そんな顔をにおわせつつ。



「蔵・・・??」



70%くらい嫌な予感がしたけど、私は恐る恐る蔵の顔色をうかがった。
すると蔵はものすごく楽しそうな顔でこう言った。



「・・・今日はからキスして」

「なっ・・・!!」



何を言い出すかと思えば・・・・・!!!



「蔵、それはちょっと恥ずかしいよ!そんなのやったことないし!」

「へぇー。初 体 験、か」

「意味深に言うのやめてくんない??」

「でも俺は今日にしてもらいたい気分やねんて」

「〜〜〜!」

「・・・・・、だめ?」



蔵、絶対分かって言ってる・・・!!!わざと可愛く言ってる!!
私がその蔵のおねだりを断れないことが分かっててそう言うんだ。

・・・でも今日は・・・。
私もそういうのおかまいなしに・・・蔵に甘えたい気分だしいっか・・・。



「わ、わかったよ」

「よし」

「・・・でもどうすればいいの?」

「それは俺にも分かりません」

「蔵!わざとらしいよ!」

さん、キスってどうやってすんのか教えてや」



ニヤリと笑って蔵が一言。私は顔を赤くしながら約束したことを後悔した。
もー!蔵のあほ!ばか!



「え、ええーと・・・!じゃあ・・・目瞑って」

「ん」



蔵は目を瞑った。・・・やっぱり綺麗な顔、してるよね。
目を閉じると一層整った蔵の顔が際立つ。そして、まつ毛が長いのが分かる。 なんで男なのにこんなに綺麗なんだろう。不思議なくらい、蔵は美しい。

って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。


いつも蔵は・・・目を閉じる私を見てどう思っているのかなぁ。
今私の心臓はドキドキしてる。ううん、いつもキスの時はドキドキ緊張してるけど、 今はそれ以上。目を閉じてキスを待つ蔵の顔に対して斜めに顔を傾け、 徐々に顔を近づける。

ええい、もうしてしまえ!

思いきって蔵の唇に軽く触れるようにチュッとキスをして、私はすぐに顔を離した。




「・・・したからねっ」

「え?全然わからんかったけど」

「は・・・」

「今、した?ちゃんと」

「しっ、したじゃん!」

「アカン。もっとちゃんとしてくれへん?」

「ちゃ、ちゃんと!?」



絶対分かって言ってる蔵・・・!!!
(トボけてるけど顔が笑ってるもん!)

きっと、恥ずかしがって挙動不審になってる私を見て楽しんでるに違いない・・・!



「言っとくけど、がちゃんとしてくれるまで帰さんからな」

「えー!」

「ほら、もう1回」



蔵は自分の唇を人差し指でトントン、と指し示す。
そしてあたふたする私を見て楽しんでいた。



「ちゃんとってどうすればいいの!?」

「さぁな」



蔵は楽しそうに笑いながらそう言う。 私は恥ずかしさをこらえつつ蔵の頬を両手で包んで、また顔を傾けて蔵にキスをした。 さっきみたく一瞬ではなく、今度は2秒くらいの触れるキス。
そっと唇を離すと蔵は何か言いたそうな顔をしていた。



「どっ、どーだっ」

「んー・・・。まだ全然物足りひんなぁー」

「ええ!?まだー!?」

、出し惜しみはアカンで。俺がどんなんを求めてるか分かってるやろ?」

「・・・」



いじわる・・・!!



「いつでもきてや、



挑発的な艶っぽい瞳。蔵はなんでこんなに綺麗なんだろう。
ますます、いとしく思えちゃうじゃない。

此処までくると自分の恥ずかしさなんてもうどうでも良くなってきて、 私は正面に座る蔵に迫るように近づいた。すると蔵は後ろに両手をついた。 どうやら完全に私任せらしい。

いつもより積極的に、いつもよりも攻める気分で。
こうなったらとことん蔵に甘えるつもりで迫ってやろう。


あのドラマみたく 蔵を「ドキッ」とさせるくらいに。



「蔵・・・」



私が名前を呼ぶと、蔵はにこっと笑った。
今度こそ、満足させなくちゃ。(満足させないまま、ずっとこうして 一緒にいるのも悪くないけどね)


私は目を瞑ってくれた蔵にまた唇を重ねた。
そしていつも蔵がしてくれるように、舌を入れてみた。

じ、自分からするのってめっちゃ変な感じ・・・!!!
てか!想像以上に恥ずかしい!!



さっきまでの覚悟は一瞬で吹き飛んでしまって、私は舌を 引っ込めてまた唇を離そうとした。けど、そのときだった



「・・・んっ、んぅ!?」



急に蔵は離れようとする私を逃がさないように、私の顎を掴んだ。 そして腰に手をまわし自分から離れないように固定する。 侵入した私の舌は引っ込めることを許されず、舌を絡められ逃げれない。



「・・・ん・・・っ・・・はぁ・・・・・」



自分から「キスして」って言ったくせに、結局こうしてキスしてるじゃん・・・! だったら最初からこうしてよ!蔵のいじわる!・・・私は蔵のキスに 酔いしれながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。

蔵にされるがままに、結局いつも通りのキスだ。


でもなんでだろう。
蔵にキスされるのがいつもよりも幸せに感じるよ




「・・・



唇を離され、でも顔は近くて。私の名前を呼ぶ蔵。
私は呼吸を整えながら蔵の顔を見上げる。



「よく出来ました」

「そ、それはどうもありがとうございます・・・」



蔵は満足そうに笑って、私に軽くキスをしてくれた。



、顔赤いで」

「当たり前でしょ!誰かさんが無茶ぶりしてくるから」

「誰やろ」

「誰でしょう」



でもそんな蔵の無茶ぶりに答えようと頑張る自分は、 きっととんでもなく蔵に惚れているんだろうと思う。 今だってほら、ぎゅって蔵の両手に包まれて抱きしめられて ドキドキしてるもん。



は可愛いなぁ」

「・・・もう」

「ありがと。からキスしてくれて、めっちゃ嬉しいで」



・・・可愛いこと言わないでよ。



「ますますの事好きになった」

「・・・!」

「このまま離したくないなぁ」

「・・・うん」



蔵の温もりが私の全身に伝わる。
私も蔵の事が大好きだよ。



「ほな」

「え?」

「続き、しよか?」

「しっしないよ!!今日はいっぱいいっぱい!」

「それは残念」




やっぱりドラマより、何より・・・私は蔵に一番キュンキュンさせられてる。
恥ずかしくて何もできないけど、でも蔵のためなら頑張れるよ。



「ねぇ蔵、」

「ん?」



私は蔵の隙を突いて触れるだけのキスをした。

これにはさっきまで余裕の顔をしていた蔵も驚いたみたいで、顔を赤くさせて ビックリしていた。唇を手で覆いながら視線を横に向ける蔵。(か、可愛い・・・!)



、やってくれたな・・・!」

「お互い様だよ」

「分かった。もう今日は帰さへん!」

「きゃー!!」






(余談だけどこの数日後、私は例のドラマの5話を見て、 あの日何で蔵が「からキスして」って言ったのかが分かってしまった) (なるほど、これに影響されたのね・・・!)(蔵って意外と単純?)




(10.5.23)