・・・お約束ですが、風邪をひきました。








何年ぶりに風邪なんていうものを引いたんだろう。
普段部活に出ている分、普通の人よりかは運動をしているだけあって、風邪は引かない。 風邪とは無縁の生活を送っている。

なのに、昨日の夜・・・なんだか疲れてて早く寝たくて、髪を乾かさずに寝たら 今朝になってすごくしんどくて。生理前の気だるさかと思っていたら、 吐き気はするし、咳は出るし、鼻水が詰まってるし、立ち上がるだけでクラクラする。


案の定熱を測ってみたら、見事熱が出ていた。
もちろん学校は休まざるを得ない状況で、結果欠席してしまったというわけだ。


高熱にうなされて正直午前中の記憶はないんだけど、夕方になって だいぶ楽になってきた。



一人自分の部屋の天井で考えることといえば、学校のことばかり。
朝はしんどくて堪らなかったからそんな事考えている余裕なんてなかったし、 こんな事を考えれるようになったなんて、症状も軽くなってきたのかな。

ああ、今日は水曜日だからオサムちゃんの授業が入ってたのになぁーとか。 今日のおやつはシュークリームだったよなぁーとか。蔵は心配してくれてるかなーとか、 そんなことばかり考えていた。


今・・・この時間は丁度部活中だろうし、みんなはテニスしてるのかな。


うー・・・風邪なんて早く治ればいいのに・・・。早く学校へ行きたい。
そういえば来週は蔵と映画デートの約束もしてるし、それまでには治したいなぁ・・・。 ゴホゴホと咳をしながら寝返りを打ちながら、ぼんやりと皆のこと・蔵のことを考える。 私がいなかったら、ちょっとは心配してくれるかな?なんておこがましい 妄想をしながら。



とその時だった。






カチャ、と私の部屋にお母さんが入ってきた。私はクラクラする頭を必死に起こしながら 「なにー?」と答えた。


「気分はどう?良くなった?」

「うんー・・・。まぁまぁ」

「朝よりはマシになったみたいね。じゃあ大丈夫か」


・・・ん?"大丈夫か"?
どういうこと・・・?


「ごめんなさいね白石くん、わざわざウチまで来て貰って」



・・・・・・・・・・はい?



「いえ、勝手なのは此方なんで。」

「風邪貰わないように気をつけてね。じゃあの事任せるわね」

「お気遣い有難うございます。おじゃまします」

「えっ?ちょっとお母さんっ・・・!?」



バイバイと嬉しそうに手を振ってくるお母さんに向かって手を伸ばしたけれど、 お母さんはそのまま退室していった。そしてその代わりに私の部屋の中には、 蔵が入室してきた。



、お見舞いにきたで」



ちょっ・・・まっ・・・・ええええええええ!!!??



「ままっなっ・・・なっなな・・・・・!」

、風邪のわりにはええリアクションやな。サプライズ成功や」

「なっなっ・・・なんで蔵が此処にいんの!?」



掠れた声で思いっきり叫んだつもりだけど、声帯に力が入らないため 何とも小さな声で私は叫んだ。鼻水のせいで掠れた声が鼻にかかってるし、 熱のせいか若干呂律が回っていないし、かなりみっともないと思う。

なんで蔵が此処に!?ていうか、部活は!?


蔵はハハハと笑いながら、マフラーを取った。そして私のベッドの傍に座ると 「ほら病人は寝とき」と私の事をベッドにそっと寝かしてくれた。



「ホンマびびった。朝のHRで来ーへんし、珍しく遅刻か思うたら 欠席って聞いたから」

「ごめん・・・」

「何で謝んねん。そりゃこんな日もあるって」



蔵はいつもの優しい笑顔で話してくれた。

私は正直、蔵が来てくれた事に対して凄く抵抗があった。 彼女といえど、こんなみっともない状態を見られてもいいものか・・・。 蔵に風邪が移ったらどうしよう。ていうか今すごくブサイクじゃないの私!? (こんな事ならパジャマ、可愛いの着ておくんだった!!)

でも内心蔵が来てくれた事に対して安心感もあって、凄く嬉しいのも事実。
熱のせいで頭がぐるぐるなってるのに、複雑な感情が余計に ぐるぐると私の頭をかき混ぜる。蔵の存在は恐ろしい。



「喋るとしんどいやろうし、相槌も打たんでええよ。俺の話聞いて」



蔵は、私の状態を察してそういってくれた。うん、熱の時って なんでこんなに頭が重いんだろうってくらい、動かすのがしんどい。 そして相槌を打つのもしんどいし、頷くのも重労働。

私はお言葉に甘えて「ありがと」とだけ返事した。



「今日の授業のプリントとノートのコピーと・・・それと明日の時間割と今日の部活のおやつ持ってきたったで」

「うそ」

の好きなシュークリームやし、絶対食べたいやろうと思って 先に取ってきたんやで。あと明日の時間割にはもれなくいろんな人からの メッセージつきや」

「わぁー!元気でるね!」



蔵から渡されたプリントには、私の友達の字で明日の時間割表が書かれていた。 そして「風邪早く治してね」などのメッセージがたくさん寄せ書きされていて。 隅っこの方には謙也の字で「バカも風邪ひくっちゅー話や。by白石」と書かれていた。 バレバレよ、謙也。蔵はそんなこと書かないもん!

それにしても蔵、ノートのコピーまでしてくれてるとは完璧すぎるお見舞いね・・・。 ノートは蔵の綺麗な字で分かりやすくまとめてあった。それと プリントも、先生がテストに出るって言ったところに印がしてあった。 うーん、さすがすぎる・・・



「それと今日はな、部活のみんなが寂しがってたで」

「ほんと・・・?」

「ホンマや。特に金ちゃんは喚いてたで」



・・・う、嬉しいかも・・・!



「まぁ俺が一番!寂しがってたけどな」


えええ!そ、そんな嬉しい事いわないでよ蔵!
蔵が来てくれて凄く安心できてるのに、こんなんじゃまた熱が上がっちゃうよ。 やっぱり蔵の存在は大きい。蔵のその言葉が聞けただけでも幸せだ。



おらんと学校物足りんわ。は、おってくれるだけで 俺の支えになっとるもんな」


熱が出ているとき特有のあの寂しさと不安を、優しくほぐすように 蔵は言葉を並べる。蔵は完璧すぎだ、なんで私の心に響く言葉ばかり チョイスできるの?

蔵はにっこり笑った。そして私のおでこに手を当てて、前髪を分ける。 蔵の手はひんやりとしてて冷たかった。こんな寒い中わざわざ来てくれてありがとう、蔵。



「寂しい、って思ってくれただけで嬉しいよ」

「ハハッ!ありがと」

「ううん。だって本当だよ」

「多分今日、世界で一番のこと考えてたんとちゃうかな。 "恋人に会えなくて寂しい人ランキング"があったら確実に1位やわ、俺」

「・・・違うよ、私が一番寂しがってる」

「へー。嬉しい事言ってくれるやん、

「えへへ* ところで蔵、部活は?」

「え?ああ・・・部活なんやけどな、実は今日・・・サボってん」

「え!?」



一番責任感の強い、ミスターパーフェクトの蔵が部活をサボる!?
蔵はなんか申し訳なさそうな、恥ずかしそうな、そんな表情を浮べていた。



「そんな驚かんでもええやん。まぁ正確にはサボったんやなくて、休ませてもろたって 感じやな。部活出ようとしたけど皆にお見舞い行けって言われるし」


・・・あ、なーんだ・・・。私が心配すぎて部活に集中できないから 来た、ってわけじゃないんだ・・・。(期待した分恥ずかしい!)


「なんやねんその顔。まさか俺が"みんなに言われたからしょうがなしに お見舞いにきた"とか思うてんとちゃうよな」

「違うの?」

「ちゃうちゃう。部活しよう思うてコート入ろうとしたら、 皆に"今日の白石顔死んどるで"って言われてしもてなぁ・・・。 恥ずかしい事にその時、の事しか頭になくて全くテニスに 集中できるような状態やなかったんやろな。俺」



蔵、そこまで寂しがってくれてたの・・・!!??
蔵は自身の髪をクシャッと握って目線を逸らして話を続けた。



「こんなん部長失格やけど、やっぱ心配なモンは心配やんか。 恥ずかしいけど皆には迷惑かけてもうたわ」

「・・・私、皆に迷惑かけないためにも早く元気にならないといけないね」

「ホンマやな。来週は映画見に行く約束もしてるしな」

「あっ、そうだね!じゃあ尚更元気にならなくちゃ」



そうだよ!来週は映画を一緒に見に行こうって約束してるんだし、早く治さなくちゃ・・・!



「来週の映画凄く楽し・・・っ!ゴホッゴホッ!」

「ちょ、無理しなや。お前風邪ひいてんねんから、今は無理せんと 暖かくしとかなアカンて」



ちょっと調子に乗って喋りすぎちゃったかな。
なんか蔵の一言一言が嬉しくて、自分が風邪ひいてることも忘れて いつものテンションで喋っちゃった。頭がぐるぐるする・・・! 私は咳込みながら、ごめんと言った。蔵は私にふとんを掛け直してくれた。



「ゴホッゴホッ!」

「俺がおったら無理するなぁ、は。ほなそろそろ帰ろうかな」


ええー・・・。もう帰っちゃうんだ・・・。
でも仕方ないよね、風邪移ったら大変だし。でも最後に1つ甘えさせてもらおうかな。


「じゃあ蔵、私が元気になるような何かやってよ」

「え?元気になるようなこと?」



蔵はちょっとだけうーんと考えた後に、「あっ」と何かを思いついたような顔をした。 こういうとき蔵は絶対キスするか、抱き締めてくれるかどっちかをしてくるはずだ。 でも今は私が風邪をひいてるから、キスはない。となると抱き締めてくれるに違いない!

蔵にギュッとされたら熱が上がる気がするけど、でも蔵は何より私にとっての特効薬だから。 蔵がギュッと抱き締めてくれるのを期待しつつ、待っていると。



「・・・の風邪とかけまして」


はい!?
蔵はマフラーをつけながら、話を続けた。


「来週のデートで行く映画と解きます」

「そ、その心は・・・・・?」


「どちらも咳(席)をおさえたい、な」




おお・・・!上手いこと言う・・・!
そして言った後にちょっと恥ずかしそうにしてる蔵。か、かわいい・・・!


私がリアクションするのを忘れていたのもあって、 しばし変な沈黙が走ったのが気になったのか、蔵は謎かけを言った事に後悔したみたい。 だからすぐに私の唇に人差し指を添えて。



「・・・今のやっぱなかった事にして」



恥ずかしそうな顔でそう言った。
(むむむ。可愛いぞ蔵・・・!)(凄く元気になれそう・・・!)




(10.1.29)