「なーんか麻痺してるんだよね」

「麻痺?」



シャーペンのてっぺんをトントンと唇に当てながら、は呟いた。


部活が終了して30分くらいが経過した頃だろうか。
部室ではと財前の2人がポツンと居残りをしていた。

は白石待ち、財前はバスの時間待ち。

(白石は顧問であるオサムちゃんと打ち合わせをしているらしい)


は暇潰しに部活にもテニスにも関係のない事を考えながら、毎日つけている 日誌を書いていたのだが、日誌を書く手は完全に止まっている。 一緒に部室に居合わせた財前が気遣ってくれての独り言に 付き合ってくれているようだ。




「麻痺ってどういう事っすか」

「えっとね、感覚の話!かな」

「感覚?」



財前は携帯をつつきながら相槌を打つ。
どうやらの感覚が麻痺しているらしい。財前はほとんど興味がなさそうにしており、 の話を片手間に聞いているが、は話を聞いてくれている財前に対して 嬉しそうに話し始めた。



「ほら誕生日とかクリスマスでケーキを食べるでしょ? あれは特別な日に食べるからおいしいのであって、 毎日ケーキを食べてたら特別っていう感覚がなくなっちゃうよねって話だよ」

「・・・あー」



分かるような分からないような"感覚論"。
財前は「何かあったんすか」と返した。は「よく聞いてくれました!」と 食い気味に答えた。



「そろそろ蔵と付き合って1年経つんだけど、だんだん感覚が麻痺してきて 分からなくなっちゃってるんだよね」

「部長と?」


「付き合い始めてついこの前までは、蔵が大好きで・・・あっ、今ももちろん大好きだよ!

だって蔵は優しいし、私のこと好きでいてくれるし、文句なしに理想の彼氏No.1だし! 私だって 蔵が好きすぎて、何されても許せるしかっこいいし、本気で蔵以外に 興味なかったんだけど・・・」


「はぁ・・・。(ホンマ先輩、部長のこと好きなんやな)」

「でもね、この前ふと気がついたの」

「何にっすか?」


「私、蔵にドキドキしすぎて最近わかんなくなってきた」



はシャーペンを完全に机の上に放り出している。
財前は携帯をつつく手を止めた。



「はぁ、それで麻痺っすか」

「うん・・・。何されても嬉しいのは変わらないけど・・・ 最近は前みたいにドキドキしないんだよね。」

「なるほど。マンネリってやつっすね」

「そう!それが言いたかったの!」

「でも飽きたワケやないんでしょ?」

「そう!そうなの!もちろん蔵のことは大好きだけど、 それが当たり前になっちゃってて怖いっていうか・・・。 これからもずっと一緒にいたいからこそ、このままじゃいけないっていうか」



と財前が部室で話をしていた丁度その時、 オサムちゃんと打ち合わせを終えた白石が部室のドアに手をかけた。

いつも打ち合わせの時に入るオサムちゃんの悪ノリにやや疲れ気味の白石だったが、 部室の外にの声が少しだけ漏れていたため「お、がおるんやな」と 少しだけ顔を緩ませた。

しかし。



「前ほど蔵も私の相手してくれなくなった感じもするんだよね。 前は鬱陶しいくらい構ってくれてたけど、最近前ほどちょっかい出さなくなった。」

「確かに・・・付き合うちょっと前から付き合い始めた頃まで、 毎日のように部長は先輩のロッカーに悪戯したりしてましたね」

「最近そういうのないし、やっぱ蔵も疲れちゃってるのかなーって思ったり」

「??」



の声でそう聞こえた。白石はドアを開けるのをやめてドアの向こう側に 聴力を集中させた。自分の名前があがっていた事も気になるが、 会話の内容が凄く気になる。疲れている?それは何のことなのだろうか。



「ま、白石部長との関係が安定してきたって風に捉えれば良いんじゃないすか?」

「でもドキドキはしたいじゃない?」

「別にそんなん気にすることちゃうと思いますけど」

「マンネリ化打破のためにも、何か刺激的なことがやりたいんだけど・・・。 財前くん、何かないかな」




どうやらと財前が部室の中で会話しているらしい。

しかも話題はおそらく自分との付き合いについての話。 「マンネリ化」「関係が安定」「ドキドキはしたい」というキーワードから、 おそらく彼女が今の関係に不満を持っているということが窺える。



(マンネリ化打破・・・?そんなに関係だらけとるか?)



白石の知る限り、関係の糸が緩んでいるという事は感じない。
しかしドアの向こうの彼女は何か空腹を感じているようだ。



(確かに最近前ほどくっついてへんな・・・。 ある程度落ち着いた、良い距離になれたと思うてたんやけど)



白石がに片思いしている頃は、前述の通りよくに突っかかっていた。 他の誰にも取られたくないという一心で、周りを牽制する意味で行っていたことである。
その方法として、 こまめにメールして(練習がきつかった日には「お疲れメール」を入れたり)、 自分は遠回りしてでもの家まで送っていたこと、そして。 のロッカーに悪戯して、が「もー!蔵でしょー!!こら!」と ツッコミを入れてくるのを楽しむこと、などが挙げられる。



しかしよくよく考えてみれば最近はそういった悪戯をしなくなった。


なぜなら悪戯なんかして気を引かなくても、彼女は自分のモノだから。


またこういった悪戯や細かすぎる気遣いは、もさすがに面倒くさがるだろうと思い、 敢えてしないようにしているのだ。

(もちろん、お疲れメールはたまにしているし、自宅まで送るのは毎日行っているが)
(過度なメールや過度なちょっかいは頻繁にはしなくなったのだ)




しかし話を聞く限り、どうやらはそれが寂しいらしい。
白石は少しの間そのことについて考えてみたが、すぐに「何か」を考え付いたようだ。 久しぶりにに悪戯でも仕掛けてみるか、と思い部室のドアをガチャッと開けた。



、お待たせ」

「あ!蔵、おつかれさま!」



が白石の入室に嬉しそうに反応する。
財前は心の中で「全然嬉しそうやん」と突っ込んだ。



「・・・ほな俺、バスの時間もう少しなんで先失礼しますわ」

「あっ財前くん帰っちゃうの!?気をつけてね」

「お疲れさん、財前」

「ほな失礼しまーす」



財前は空気を読んだのか、バスの時間まであと10分くらいあったが退室した。 白石はそれに気がついており「気を遣わせてしもうたな」と、申し訳なさそうに 財前の閉めたドアを見つめていた。

財前が帰った今、部室にはと白石の2人っきりである。

は先ほどまで愚痴を零すように色々言っていたが、2人の間にはいつも通りの空気が流れる。 沈黙でいても落ち着く、喋れば楽しい、そんな空気だ。
(口では色々言っていたが、やはり白石と一緒にいるとも嬉しいらしい)




、此処で着替えてもええか?」

「うん!いいよー*」



部活が終わった後すぐにオサムちゃんのいる職員室へ向かったため、まだ白石は ジャージ姿のままだ。は放置していた日誌の続きを書き始めながら返事した。


「ほな遠慮なく」


白石はジャージの前ファスナーを開け、ジャージを脱いだ。 そして豪快にユニフォームを脱ぎ上半身裸になった。
しかしこれはいつもの光景。さすがに最初はもドキドキしていたが、 最近では白石の色気にも慣れてしまい、今も立派に日誌へと集中している。

白石はシャツを羽織り、シャツのボタンを閉めながら集中するを見ていた。



(どうやらホンマに俺に対して免疫ができたみたいやな)



先ほどまでは今の距離感に満足していた白石だったが、 の恥ずかしがったりする反応がないことが、どこか味気なく思えた。

の驚いた顔や恥ずかしがる姿を見ると可愛いと思うし、すぐにいじめたくなる。 の言う通り最近はそういった場面が少なくなってきている気がした白石は、 「の困った顔見たくなってきたな」と変な衝動に駆られた。


白石は悪戯してやろうと、不敵な笑みを浮べる。



「なぁ

「んー?なにー?」

「スプレー貸してくれへん?」

「スプレー?いいよー!」



は自分のロッカーを開けた。 そしてロッカーに手を突っ込むようにしてカバンの中から、清汗スプレーを取り出した。
しかし白石に渡そうとして振り返ろうとしたそのときだった。



「わっ!?」



後ろから白石がを閉じ込めるようにして、ロッカーにダンッ!と両手をついた。



「ちょっ、ちょっと蔵!?なな、何してんの!!」

「捕まえた」

「なっ・・・!ちょっと待ってよ、急になんなのー!?」



顔を真っ赤にさせながら、は言った。
動揺しているのか明らかにいつもと違う反応を見せてくれるに対し、白石のS心に火がついた。 白石に背を向けたまま、あたふたしているの耳元に口を近づけ、 わざと艶っぽく、吐息交じりに「」と彼女の名前を呼んだ。

が自分にどれだけ惚れているのかは分かっている。
だから知っていてわざとが思わず溶けてしまいそうな声を出した。


白石の思惑通りなのか、はピクッと肩をすぼめた。



(んんー。ええ反応やな・・・)


「ちょっ・・・と・・・蔵!何してんの!早く着替えて帰らないとダメでしょ!」

「せっかく2人っきりになれたのに、冷たいな

「何いってんの!早くしないと学校の門が閉まっちゃ・・・・・やっ・・・」



白石はの発言お構いなしに、後ろからの事を抱き締めた。
心なしか片手が・・・・・の胸の辺りにきているのは気のせいではない・・・らしい。 は白石の手を振りほどこうとするが、もう片方の手が腰に巻きついているため 離れられない。

ついうっかり声を漏らしてしまった!と咄嗟に口を抑えただったが、 それはちゃんと白石の耳にも届いていた。



「あれ・・・。、なんか今日おかしない?」

「おかしくないってば!」

「いっつもならちょっと触ってもそんなええ反応してくれへんのに」

「ばっ!ばかでしょ蔵!何言って・・・っ」

「あ、分かった」



白石は耳に唇がつきそうなくらいの耳に口を近づけた。そして。



「後ろから攻められるのが好きなんや」



と囁いた。
の心臓のドキドキが一気に加速した。ドキドキがまるでポンプみたいに 自分の全身を熱くさせる。白石の声が脳内に響く。

白石は味をしめたのかの反応が面白くなりはじめ、 後ろから抱き締めたままの首筋に顔を埋めてキスをした。 はキスに対し驚いたようで、ピクン、と良い反応を見せる。



「蔵・・・いい加減にしないと怒るよ・・・」

「んー?聞こえへんなー」

「!?んっ・・・や・・・・・・!っもう!!離しなさい!」



は白石を振りほどいて、部室の隅っこへと逃げた。
気がつけば自分の制服は乱れており、何をしたわけでもないのに息も切れている。 制服をただしながら、は白石に向かって「へんたい!」と叫んだ。

白石はアハハといつもの調子で爽やかに笑いながら、そこにあったイスに座った。



「蔵!!一体何のつもり!?」

「あははっ、いやー面白かったわ。の反応」

「そういう事を聞いてるんじゃないの!こんなとこでそんな悪戯はいらないからっ」

「んん?おかしいなぁ。が退屈そうやったからしたまでなんやけど」

「私が・・・?っっ!蔵、もしかしてさっきの部室での会話聞いてっ・・・!?」

「正解」



は顔を真っ赤にさせた。いや、最初からそうなのだけれど。



「いやー。久しぶりにの困った顔見たけど、なかなか楽しかったわ」

「!!」

「俺はと落ち着いた距離でおれて満足してたけど、たまにはええかもしれへんな」

「蔵、なんか前よりSっ気に磨きがかかってる。もはや悪戯じゃないよ・・・!」

「おおきに」

「だから褒めてないってば!」



は「もう!」と顔を赤くさせながらも少し嬉しそうに日誌を片付け始めた。
そんなを見て白石は笑いながら、荷物をまとめ始めたのだった。



「蔵のせいで日誌に書こうと思ってたこと忘れちゃって、 中途半端に文章を終わるハメになっちゃったじゃない」

「俺のせい?」

「当たり前でしょ!蔵以外に誰がいるの!」

「フーン、そんなに頭真っ白になるくらい"良かった"んや」

「なっ・・・!」

「思考が飛ぶほど良かったとは。ふーん、へーえ。」



白石はニヤリと笑いながらの顔を覗き込んだ。
しかしすぐににペチッと叩かれてしまって。



「いい加減にしなさいっ」



突っ込まれ怒られた白石なのであった。



(今度は後ろから襲ってみよ)





(10.1.17)