、」

「ん?どしたのリョーマくん。うちのクラスに来るなんて珍しいね」

「国語のノート貸してくんない?」

「え?」

「・・・ノート」

「・・・あ、もしかして授業中寝てた・・・とか?」

「なんで分かるの」



笑いながらがノートを取り出して「はい」リョーマに手渡した。
リョーマは「ありがと。じゃ」とクールに去っていく。


その様子を見ていたのか、のクラスの女子たちが一斉にの席に集まってきた。





「ちょっとちょっとちょーっとさん!!!!」

「今のなんなのー!!!越前くんとラブラブかこのやろー!!」

「え!?」

も越前くんと付き合って3か月かぁ・・・。あの衝撃から3か月・・・」





どうやら女子たちはとリョーマが喋っているのを見て興奮しているようだ。

そもそもリョーマとが付き合い始める時も、意外だった。
女子と話している所をほとんど見ないし、むしろ普段のリョーマは物静かでクール。
そんなリョーマがに告白したのだ。この時は1年生の学年に衝撃が走った。



しかし付き合い始めてからも、本当に付き合っているのかというくらい、とリョーマが 一緒にいるところや喋っている様子はなかった。もちろん、2人で下校することはあったし 廊下ですれ違いざまに挨拶するところは目撃したことはある。

しかしあえてベタベタすることもない事から1か月たった時は別れたのでは?と噂が 流れたほど。本人たちは全くそんなつもりもなくただマイペースに会話しているだけなのだが。




「テニス部であの手塚部長に期待された期待のルーキーだもん・・・!いいなぁ」

「リョーマくん本当にスゴイよね」

、何その他人事な言葉は・・・。」

「え?」


「大体さ、越前くんも越前くんよね。の事名字呼びしてるし」

「本当に付き合ってるの?って噂流れたのも2人がお互いによそよそしいからよ!」

「それだ。付き合ってるのにって何か変」

「えー???そうかなぁ」

「大体越前くんって帰国子女よね!?もっとフレンドリーにとか呼べないのかな!」

もリョーマくん、じゃなくてリョーマって呼んじゃいなよ!」




の周りが勝手に盛り上がっていく。

は「そこにこだわりはないけど・・・」と思って苦笑いしていたが、
よく考えたらリョーマに名前で呼ばれるのも悪くない。

いや、むしろ。





(・・・・・・・!あ、待って、ちょっと恥ずかしいけどニヤついちゃうぞ・・・・・!?)





頭の中でリョーマに「」と呼ばせてみる。

想像したより照れたけど、物凄く距離が近くなった気がして嬉しかった。





(名前呼び、いいかも)








「っていうか、名前で呼ばないって事は本当はの事好きじゃないとかじゃないよね・・・?」

「え!」

「もう、そんなんだから越前くんとの別れた疑惑が定期的に出るのよ!」

「よそよそしいから皆誤解するのよ!」

「他の男子もって呼んでるし、全然特別な感じがしないのよ」












そんなある日の事だった。




、」




帰りのHRが終わり、荷物をまとめて帰ろうとしているとこれまた珍しいリョーマの姿。
リョーマのクラスはもうHRが終わっていたのだろうか。
のクラスのドアにもたれ掛かってを呼んだ。


それを見て女子たちがまたザワつく。




「・・・・どしたのリョーマくん」

「・・・今日部活ないんだってさ。だから帰るんだけど」

「ほんと?じゃあ私も一緒に帰る!帰ろう」

「・・・ん。」




熟年夫婦のような無駄のない会話。色気がなさすぎると思われてもしょうがない。
痺れを切らした女子たちはに向かって聞こえるように後ろから言葉を発している。

「名前名前!」「呼ばせろっ」

リョーマもその野次(?)に気づいてそちらに視線を向けたが、何のことかは分かっていないようで 頭にハテナを浮かべている。それを見たは恥ずかしくなってリョーマの背中を押しながら「行こう!リョーマくん」と 教室を後にした。










「さっき友達になんか言われてたね。どしたのアレ」

「え!」



ずっと無言のまま並んで歩いていたのだが、突然リョーマがそういった。
は「あー・・・えっと・・・」とどもった。



「友達がリョーマくんが私の事、下の名前で呼ばないから不思議がってて」

「・・・!」

「付き合ってるのによそよそしい感じがするって言われちゃって。
なんかリョーマくんがそこまで好きじゃないから呼ばないんじゃ?って疑惑まで出ちゃって・・・」

「・・・・」

「そんなことないし、ほっといてくれたらいいのにね!」




リョーマは黙った。は「まずい話題だったかな」と少し隣を気にした。

リョーマはこの通り口数も少なくてクールで、照れるようなことをするような性格ではない。
それをも知っているのでリョーマが不快に思っていないか心配だったのだ。




「・・・・あ、ねえリョーマくん!国語のノート変じゃなかった?
国語って眠くなっちゃうし私も自信なくて・・・。無駄にカラフルなペン使って 寝ないようにしてたけど見にくくなかった?大丈夫だったかな?」

「・・・・・・」

「・・・・・・。」





嫌な沈黙が続く。
は「リョーマくんのテンションを下げてしまった」と少し凹んだ。

いつも帰り道を一緒に歩く時も特に会話はなかったし、いつも通りと言えばそうなのだが
こんなにも息苦しい無言は初めてだ。
は耐えきれなくなって口を開いた。




「・・・・・あの、リョーマくん本当ごめんね・・・。そんな、名前とかどうでもいいから!」

「・・・」

「私はってリョーマくんに呼ばれるだけでも嬉しいから。ほんと、気にしないで」





するとリョーマは立ち止まった。
自然との足も止まった。


リョーマは無言での手を取ってぎゅっと握るとまた歩き始めた。

初めて繋がれた手に、は「え?え?」と動揺を隠せない。


はリョーマの横顔を見たがリョーマはずっと前だけ見ていた。
そしてそのまま、リョーマが口を開いた。







「気になるでしょ」

「・・・!」



「別れた疑惑とか、好きじゃないから名前で呼ばないとか何なのソレ」

「・・・!」



「聞き捨てならないよね。だって・・・・・・彼氏だし」


「・・・・・!」


「俺は・・・・・・・・・・・が好きだからそんな事全然ないのにね」


(・・・あ、名前・・・!)






リョーマはに優しい顔を向けた。
はリョーマに初めて手を握られた事、下の名前で呼んでくれたこと、突然好きと 言われた事にただただビックリしている。リョーマはそれが可笑しくて少し笑った。




「何その顔。驚きすぎ」

「私、どこから喜んでいいのか・・・・!!!なんか、熱くなってきた」

「・・・うん。手も熱い」

「・・・・・!」

「・・・・・・・・タイミング逃してたね。なんか・・・・言った後ですごく恥ずかしいかも」

「・・・・うんっ。でも、すっごく嬉しいね!」

「・・・!すごい喜んでるね」

「名字もいいけど名前だと特別な気がして嬉しいっ!」





は噛みしめるように喜ぶ。
リョーマもそんな彼女の姿を見て嬉しそうだ。

そっけない付き合い方をしているけど、リョーマはちゃんと大事に思ってくれている。
それがわかっただけでもは嬉しかった。名前呼びは特に重要ではない。






「・・・・・そんなに喜ぶんだったらもっと早く呼べばよかったね」






嬉しそうだけど呆れたように笑うリョーマの存在が、前よりも近く見える。





(17.12.15)